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仏像 一木にこめられた祈り/東京国立博物館 平成館

あー…落ち着くなぁ…度★★★★★

仏像って、やっぱり、いいですね~
一木彫(いちぼくちょう)を集めた展覧会!

仏像 一木にこめられた祈り
12月3日まで!仏像好きはお急ぎ下さい!!!

芸術新潮 2006年 11月号 [雑誌]
芸術新潮 2006年 11月号 [雑誌] 新潮社
↑これは、わたしが仏像好きなこと知ってるコーデュロイ君が教えてくれたんだけど、即買いだった。チェックして大正解♪いい顔のアップがたっくさん載ってますよ!

200611221315000.jpg



仏像の前に立つと、表情やら佇まいに魅せられて、その迫ってくる感じにぼーっとする。無心なのにもかかわらず会話しているという不思議な気分になる。

仏像は本来、いつもおさまってるお寺などで会うのが正しいという気はする。それに、日本国内のものであれば、足を延ばせばいいわけだし。

でも仏像展があると、できるだけ観にいきたいと思う。
それはなんでかと言うと、前に、展覧会のために仏像を運んでいる人たちのかっこいい仕事っぷりをテレビで見て、そうだよな~あんな大きな仏像を梱包したり運ぶ人がいるんだ!とあたりまえのことに感動して以来、この大きな(小さなものもあるけど)仏像さんたちが、大事に大事に梱包され、車に揺られてくるのを想像するだけでも、わくわくする。
そして、もしかして、新幹線貸し切ったりしてみんなで乗車して運ばれるとしたら…とか、飛行機とか船の場合はどんなんして連れて来られるのか…とか、鎌倉あたりの人は電車で参りましょう!とか…妄想しちゃうからなんだ。
なんか、すごく楽しい気分になるアホ妄想なんだけど、すました顔してる仏像さんたちが、並べられてて、「早く終わらないかねぇ」とか、会話を交わしてたりしてたらおもしろいなぁとか考えると妙に愉快な気持ちになってドキドキするわけで。
私個人的には、絵の鑑賞と違うところは、こういう部分かもなと感じた。
もちろんそんな妄想をしてる暇ないくらい、やっぱりそれぞれの仏像によって全然違う気持ちになるし、あまりに圧倒されて、くだらないこと考える余裕もなくなっちゃうけど。たまに、この妄想がむくむく湧いてくる。

この前NHKのにんげんドキュメントで、仏師の松本明慶さんを見た。その時は高さ5メートルくらいの不動明王に挑む明慶さんの密着だった。でも、一本の木を前に、これから小さな仏像を彫るというシーンもあって、これが、仏が見えて出て来るのを待つんだ、と、会話しているわけですよ、材木と。
このなんか仏師の集中した顔が、実に美しくて、おーーーーーーって感動した。その時の興奮が、今回の展覧会は特に、一木彫だったから、なんだかそれぞれの仏師の気持ちが伝わってくるって感じだった。

仏像の世界にも流行みたいなのがあって、意図的にノミ目を残している仏像が何体もあった。その意味合いも「霊木から次第に仏像が現れてくるプロセスが示されていると考えられます。」と。
なるほど、とは思うのだけど、わたしはつるつるした仏像さんが好きだな。流行はあるだろうし、それには乗らないぞって人もいっぱいいたんだろうなと思うと、この仏像を彫っているときの仏師と話したい気持ちになる。
この手法は、「京都や奈良の新旧の都や四国・九州では今のところ発見されておらず、関東から東北地方に多いのが特色です。」ということで、流行りが全国に拡がることはなかったのかなぁと考えると、貴重な仏像さんたち。

日本全国を廻って大量の仏像を造った、円空と木喰は、流行りというより、ただただ自分の色を生かして彫りつづけた感じで、庶民的だったというのが、作品を見ればすぐ伝わってくる。
木喰の仏像は初めて見たんだけど、顔が高貴とか穏やかとかいうよりは、なんとなくとぼけてて愛嬌があるというか、親しみを感じられるものが多い。
笑っている頬肉がくっきり盛り上がってる(この頬肉がわたしに似てて他人じゃないような気がした(--;))仏像さんたちがいっぱいいた。
個人的には、仏像といえば「微笑み」が好きなんだけれど、こんな風に「笑顔」と表現できる仏像は見たことなかったし、円空の型破りな細長い空に向っていくような不思議な魅力のある仏像も見れないし、このふたりは、流行なんか関係なく自分の思うままを彫り続けたんだろうなぁという信念を感じた。

一木彫だからこそのおもしろみは、顔の大きさに対して肩幅が狭いものなどがあって、そうか!調整しようがなかったんだな、とか笑っちゃった(^^)恐れ多いけど、なんとなく仏師と向き合ったような錯覚に陥った作品が多かった。

今回の目玉、寺外初公開の滋賀・向源寺(こうげんじ)の国宝十一面観音菩薩立像は、まさに、声も出なかった。暗い会場の中に光りで演出されているんだけど、きれいな顔なんだほんと。心が落ち着くとはこういう事だなぁと改めて実感した。

うーん、やっぱり、仏像は素敵だなぁ。。。


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2006年11月23日 美術館・動物園・水族館 トラックバック(0) コメント(0)

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